はじめに
小児期に発症する慢性疾患(小児慢性疾患)を有する方の多くが、医療の発展に伴い、成人期を迎えられるようになりました。小児慢性疾患の多くは、成人後に病状が進行したり加齢の影響を受けたりして、小児期とは異なる問題を生じることが少なくありません。このため、小児慢性疾患を持つ方には、子どもの頃から大人になるまで、生涯を通じた継続的な医療である「生涯医療」が必要になります。生涯医療の中では、特に子どもから大人へ移行する時期の「移行医療」が大切です。移行医療がスムーズに行われると生涯を通じた経過観察が可能となります。その結果、成人期になってからの生じる問題を予防したり、早期発見、治療したりすることができます。
ここでは、小児慢性疾患の中でも特に先天性心疾患を持つ方にとって、移行医療がなぜ必要か、移行医療とは具体的にどんなものか、必要な医療体制は何か、などについて述べてゆきます。
医療における「移行」とは、小児慢性疾患を有する方が、成長に伴って大人になっていくとともに、小児科中心の診療体制から成人期の診療体制へ移っていくことを指します。「移行」には、患者さん本人が病気を理解し、その人なりの自立を目指すことが大切です。このために、医療者は子どもの頃から本人へ病気に関する説明をするなどの教育を進めていきます。さらに、生涯にわたって医療情報が共有され、継続した医療が提供できるように小児科の医療体制整備を進めています。また、成人期の医療を担当する専門医の養成と成人期の診療施設の構築を進めています。
(1)なぜ継続的な医療が必要?
近年、先天性心疾患を持つ方の多くが成人となっています。日本では、現在、成人となった先天性心疾患患者(成人先天性心疾患者)さんの数は50万人をこえると推定されています。日本の出生数は約100万人/年で,そのうちの約1%、1万人が先天性心疾患を持って生まれてきますが、そのうちの95%程度は成人となると言われています。そのため、今後、成人先天性心疾患患者さんの数は年間9,000から10,000人程度増え続けます。また、川崎病で、冠動脈合併症を残して成人となっている方もこれまでに10,000人をこえています。これらの方の多くは、成人後も経過観察を受ける必要があります。軽症とされる方でも、不整脈などの合併症を生じることがあり、成人後も継続して経過観察、治療を必要とする場合があります。
成人先天性心疾患患者さんが増えたことで、術後に長期間経過した後、あるいは加齢とともに発症する合併症などが明らかになってきました。子どもの頃に、適切な心臓手術が行われていても、それぞれの病気、手術方法(術式)により心臓、血管や弁などの特殊な形や働き(心機能)の異常が徐々に進行/悪化して、成人後に治療が必要になることがあります。例えば、ファロー四徴の術後に見られることのある右室流出路狭窄(右心室から肺動脈へ向かう部分が狭い)のように、術前からあった異常が手術で完全に改善できず術後も残存することを「遺残症」といいます。また、これもファロー四徴の術後に見られることのある肺動脈弁逆流(肺動脈狭窄を解除するために肺動脈弁を切開したり右心室から肺動脈にかけて切開したりて、そこに大きな人工的な布をはったりしますので、肺動脈弁に漏れがおこります)のように、術前にはなく手術に伴って新たに生じる異常を「続発症」といいます。これらが、術後に長期間経過した後、治療が必要な問題となるのです。先天性心疾患手術の多くは、いわゆる「根治手術」ではなく、多くは、元々の疾患に特徴的な遺残症、続発症を伴い、長期間にわたる管理を必要とします。このため、最近では先天性心疾患手術は「根治手術」とは呼ばずに、血液の流れを修正する「修復手術」と呼ばれます。
また、年齢が進むにつれて、元々の心疾患の状態そのものが悪化することも少なくありません。これらを「後期(晩期)合併症」と呼びますが、心機能(心臓の働き)の低下、不整脈(脈の乱れ)、心不全(心臓から十分な血液を出せない)、弁膜症(心臓の弁の劣化、逆流や狭窄)の進行や、感染性心内膜炎(心臓に細菌が付き炎症を起こした状態。抜歯後などに起こるがある)などが含まれます。また、加齢に伴う高血圧の合併や心臓以外の手術の際に、もともとの病状が悪化することもあります。また、成人期には、就業、保険、結婚、妊娠出産、心理的社会的問題、飲酒、喫煙など成人特有の問題も抱えます。このため、先天性心疾患の手術後は長期の継続的な医療が不可欠です。
(2)診療移行とは?
診療移行とは一言で言えば、「一生涯継続して医療を必要とする小児慢性疾患患者さんが、成人向けの診療体制に移っていくこと」です。このためには、患者さんが移行に向けて小児期から準備(心の準備も含む)をすることが必要ですし、医療側では、患者さんをみていくための成人期の診療体制を確立することが必要です。
診療移行は、経過観察を主に小児循環器科医から循環器内科医あるいは成人先天性心疾患を専門とする医師に引き継ぐための準備、移行過程、継続診療を含みます。何歳から成人先天性心疾患を専門とする施設へ移行するべきかという明確な年齢の定義はありません。成人へ移行する年齢は12~20歳までと幅広いのですが、医療の現場では、高校や大学卒業時、あるいは20歳を迎えたときに移行先の病院に紹介することが多いです。どこに、どのように移行するか、どのように患者さんの教育を進めるか、成人後の自立のためのサポートをいかに行うかなど、解決すべき課題は少なくありません。この過程がうまくゆかないと小児から成人へのシームレスな移行が行えずに、移行期(主に思春期になります)に経過観察が必要であるにもかかわらず、受診を中断してしまうことも起こります。
(3)移行医療の具体的な内容は?
先天性心疾患を有する皆さんは、小児から成人へ移行する時期に、生活面および診療面で自律/自立していくことが大切です。しかし、あなたの疾患が重度であればあるほど、ご家族に依存しなければならないことも多く、また、病気や今後起こりうる合併症などを理解することが難しいと思います。実際、大人になってもご自分の病名や手術の内容を知らない方は少なくありません。子どもの頃は、あなたではなくご家族が病気の説明を受け、治療法の決定も行ってきたでしょう。しかし、大人になればあなたが病名や手術の内容を知り、不整脈、心不全などの後期合併症の予防や管理方法を理解する必要が出てきます。女性の場合は、妊娠、出産の注意点を知ることも重要です。就業、婚姻などを検討することもあるでしょう。
近年、移行医療では病気の理解が可能となる6歳頃から、図表などを使って心臓病に関する説明を始め、15-18歳頃までには医師や看護師を中心とする医療関係者が患者本人へ病気の説明を済ませておくことが望ましいと言われています。思春期を超えて実際に診療施設移行をする時期までには、病気、後期合併症などを理解するようにしましょう。そして高校を卒業して親元を離れて進学するか就職して独立する可能性のある18歳(もしくは20歳)までに、患者の自立準備や診療体制の移行を終了することが理想的です。
近年では、移行を円滑に進めることを目的とした外来を設置する病院も出てきました。診療移行に際して、成人診療施設の担当医師を紹介して受診してもらうだけでは、患者さんやご家族が医師を十分に信用しきれない場合があります。場合によっては通院をやめてしまう場合もあります。このため、完全に移行する前に小児診療科と成人診療科で交互に診察をする、あるいは一緒に外来を行う場合があります。このような外来を移行外来と呼びます。移行外来の基本は、小児診療科と成人診療科で医療情報(原疾患、手術内容、術後合併症、術後遺残症など)を共有すること、移行先の医療担当者と患者さん、ご家族の間に良好なコミュニケーション(信頼関係)を確立すること、関連多領域専門職との連携を取ることです。さらに医療福祉の観点から、必要な医療費支援制度を小児慢性特定疾病の医療費助成などの小児期の制度から、指定難病の医療費助成制度や重度心身障害者医療費助成制度など、成人期にも利用できる制度へ移行することも重要な役割です。
生涯医療においては、あなたが後期合併症の予防・早期発見に努め、病気と相談しながら色々なことを自分で決めて、幸せに生きていくことが何よりも大切です。そのためには、移行期もしくはそれ以前から、病名や病態、手術歴を含む治療歴、今後起こりうる後期合併症と対策、妊娠出産の注意点、日常生活の注意点などを、ご本人が医療者から時間をかけてよく聞いておく必要があります。あなた自身がご自分の病気と治療について、年齢に応じた変化もあわせて理解することが大切です。その上でご自分にとって最適な医療を継続するためには、どうすればよいかを医療者と一緒に考えていきましょう。
(4)移行後の主治医は?
移行後の診療をは、今まで小児循環器科医、循環器内科医あるいは心臓血管外科医などが個別に担当をしてきました。小児循環器科医は、生まれた頃から、心臓の手術の時期などを経て、長い間、患者さんをみています。心臓病の状態や病状などもよく知っています。また、長い付き合いで患者さんやご家族との信頼関係も厚いことが多いです。しかし一方では、内科の訓練をあまりうけていないので、成人期の内科疾患(生活習慣病、加齢に伴う変化、悪性疾患など)や妊娠出産の対応などに慣れていません。また、小児病院の場合は、診察する環境が自立した成人向きでありません。さらに、子どもへの対応に慣れているので、大人の患者さんに対してもやや過保護になる傾向があります。循環器内科医は、成人期疾患の診療に慣れていますし、成人期の合併症、心不全、不整脈などの診療に慣れています。反面、先天性心疾患の術前後の特殊な解剖や血行動態の理解十分でないことが多く、先天性心疾患は診れないということも少なくありません。小さいころに手術を行った心臓血管外科医が、小児期を継続してみている場合もありますが、成人期では、再手術を除くと手術以外の内科的な問題が多くなるので、成人期に総合的に診療を続けていくのに適しているとはいえません。
移行後の主治医は小児循環器科、循環器内科、心臓血管外科のいずれを背景とするにせよ、成人先天性心疾患診療の訓練を受けた成人先天性心疾患専門医であることが理想的です。2019年4月には成人先天性心疾患専門医が誕生します。また、専門医の所属する成人先天性心疾患専門医修練施設も認定されます。専門医や修練施設が移行先として十分な役割を果たしていくことが期待されています。
(5)生涯医療に理想的な医療体制は?
専門医制度開始後の診療は、成人先天性心疾患専門医修練施設を中心とした診療ネットワークで担うことになっていくことになるでしょう。成人先天性心疾患患者さんは、心臓病にとどまらず、生活習慣病(肥満、高血圧、糖尿病、動脈硬化)、悪性疾患、脳血管・脳神経疾患、呼吸器疾患、消化器疾患、肝疾患、腎泌尿器疾患、内分泌疾患、精神心理的問題、社会経済的問題、女性での妊娠出産まで非常に幅広い問題を有します。このような問題に対応するためには、成人先天性心疾患専門医だけでは十分でなく、循環器内科医、小児循環器科医、心臓血管外科医、各分野の内科専門医、外科専門医、産婦人科医、麻酔科医、精神科医、放射線科医、看護師、臨床心理士、臨床検査技師、専門超音波技師、ソーシャルワーカーなどから構成される専門チームが必要です。成人先天性心疾患専門医制度開始後は、成人先天性心疾患専門医修練施設が、このようなチーム確立する役目を担うことになると考えられます。ただ現状では、十分な人材の確保が難しい場合が多く、今後の成人先天性心疾患専門医修練施設のさらなる充実が望まれます。さらに、成人先天性心疾患専門医修練施設が地域の病院と連携して、患者さんが安心して必要な医療を受けられるようなシステムの構築も始まっています。
まとめ
移行医療では以下のような視点が大切です。①患者さん本人が医療者と一緒に病気について学ぶ、②成人先天性心疾患専門医を育成する、③成人先天性心疾患専門医修練施設などで専門チームを作る、④成人先天性心疾患専門医修練施設を中心に地域の病院と連携する、⑤以上の問題を解決しつつ患者さんが生涯にわたって必要な医療を受けられるようにする。
2019年3月
聖路加国際病院心血管センター特別顧問
日本成人先天性心疾患学会理事長
丹羽公一郎